ヘルシンキの悪夢

今日、ヘルシンキアメリカチームが4×100mリレーでバトンを落としたとき。
僕は思い出した。
そう、僕が4×200mリレーで2走だったことを。
約4年前に石狩の新人戦の全道大会で僕がバトンを渡し損ねたことを。
1走のオタッキーな彼(昨日記述の)が懸命に中盤をキープして僕に力強くバトンを渡してくれたことを。
僕は力の限りを尽くして周りのランナーを追い抜いて2番手まで上がったことを。
僕がバトンを渡そうとしたら、3走の今や不良になってしまった友達の手からバトンがこぼれてしまったことを。
そして思わずその場に立ち尽くしていたことを。誰も勝利は期待していなかったのに。ただバトンが渡ることを待っていたアンカーの友達がいたことを。
「俺だったら勝てた」と不用にほざいた奴を思わず殴っていたことを。
どうやって帰ったかは覚えていない。それどころか朝バスに乗って、走って、落として、殴ったことしか記憶にない。
別にそのことが原因じゃないけど、なんとなくやりきれなくなって、リレーのメンバーから自主的に外れたことを。
そんなことを思い出した。
リレーでもっともショックなのは勝てなかったのもそうだけど、バトンが繋がらなかった時。
誰にも期待されなかった時でさえも4年間も覚えているんだから、国に応援されていて落とした彼らはいったいいつまで覚えているのだろうか。
復権をかけていたモーリス・グリーンはいつまで覚えているのだろうか。
誰にも忘れたくても忘れられないものはいくつもある。
なーんて柄にもなく書いてみる。